観劇100本ノックの記録

1年間で100本の観劇を試みています。

【17本目】TRASHMASTERS vol.36『出鱈目』@下北沢駅前劇場

演劇好きの知り合いに強く勧められて急遽観劇することに。

休憩なし、あっという間の2時間半だった!

(二週間ほど前に書いてアップするのを忘れていました…)

 

 

公演内容

街を興したい。
私の望みは
ただそれだけだ。

その為に
何がいいかを検討し
アートが妥当だと思い
芸術祭なるものを催した。

それが、まさか
こんな事態になってしまうとは。

芸術とは
一体何だ。
高尚なようではあるが
彼等の表現は
時に
ある者を不快にさせ
ある者を傷つける。

公的な機関で
催した場合
特定の人々が
不利益を被ってはならない。
誰もが認める正義だ。

表現の自由
というのは
そういった範疇においてのみ
約束されたものであるはずだ。

街を興したい。
私の望みは
ただそれだけだ。

芸術祭のアーティスト達には
自治体から
助成金を出したのだ。

それなのに
どうして
彼等は
作品を通じて
政の長である
私を批判をするのだろうか。

こんな国に
未来など
あるはずがない。

 

作・演出 キャスト

作・演出
 
中津留章仁
 
出演
 
カゴシマジロー
ひわだこういち
星野卓誠
倉貫匡弘
長谷川景
藤堂海
[以上TRASHMASTERS
 
石井麗子[文学座
太平[劇団 稲吉]
安藤瞳[青年座

 

感想 ※ネタバレ注意

表現の自由」をテーマにした作品。

大学のころ(一応)ジャーナリズムを専攻していた自分にとっては、なんとなく理解しやすいテーマだった。学生時代に見ていたら、もっともっと感じるものがあったと思う。

表現の自由」と人権のバランスをとるのはとても難しい。

しかし今回は、明らかに行きすぎな人権保護を叫ぶ声が、表現の自由を無視しようとする展開に。

芸術祭を開いた市長はそれを必死に食い止めようとするが、様々な圧力に屈して「表現の自由」をいったんは無視してしまう。

 

途中、めちゃくちゃな理論を展開している女性を呆れながら見ている自分がいる一方で、私自身も、同じような破綻した思想を持っているのかもしれないと感じ、ヒヤッとさせられた。

それ以前に、これといった思想がないのかもしれない。めちゃくちゃを言う以前の問題だった…。

今回は、日本の武力の拡大についても触れられていたが、そのことについて真剣に考えたことがあっただろうか?なんとなく生きていたら、この国は望まない方向に突き進んでいってしまうかもしれない。

人の意見を聞いて、自分の頭で考えて、思想(自分の意見・意志)を持って生きていきたいと思わされた。

 

そして、作者は芸術の力を強く信じているんだなと思った。

芸術祭の賞を受賞した芸術家の言っていることはうなずけた(「どう感じるかは絵を見る人にゆだねているので解説はしない」、とか)し、審査員長の芸術家が言った「劇場へ行きなさい、ライブを見なさい」という訴えにぐっと来た。

 

これからも演劇を通して、自分や社会について考え直す機会を作ってほしい。

コロナの感染再拡大で想像を絶する厳しい状況にある演劇界。なんとかして持ちこたえてほしい。ここで演劇・芸術を切り捨ててはいけないと思う。

 

気になったキャスト

ひわだこういち:芸術家で審査員長。静かで淡々とした性格の人が、自分の正義を守る、芸術を守るために、力を込めて反論する姿がかっこよく印象的だった。

 

倉貫 匡弘:芸術家。第一印象は、「キングヌーにいそう」だった。確固たる自分の世界を持っている、世捨て人のような芸術家という感じがびしびし伝わってきてよかった。未来から来たのかな?と思ったり。

【16本目】「ハリー・ポッターと呪いの子」@TBS赤坂ACTシアター

行けなくなってしまった会社の同期に代わり、急遽観に行けることに。

 

気になってはいたもののチケットを取ってはおらず「たぶん行かないだろうな」と思っていた過去の自分に、「これは観た方がいいよ!」と言いたい。

一緒に行った友人も「良い物を見せてもらった」とたいそう喜んでいた。

 

 

ストーリー

ハリー、ロン、ハーマイオニーが魔法界を救ってから19年後、
かつての暗闇の世を思わせる不穏な事件があいつぎ、人々を不安にさせていた。


魔法省で働くハリー・ポッターはいまや三人の子の父親。
今年ホグワーツ魔法魔術学校に入学する次男のアルバスは、
英雄の家に生まれた自分の運命にあらがうように、
父親に反抗的な態度を取る。幼い頃に両親を亡くした
ハリーは、父親としてうまくふるまえず、
関係を修復できずにいた。


そんな中、アルバスは魔法学校の入学式に向かうホグワーツ特急の車内で、
偶然一人の少年と出会う。彼は、父ハリーと犬猿の仲である
ドラコ・マルフォイの息子、スコーピウスだった!

 

二人の出会いが引き金となり、暗闇による支配が、
加速していく・・・。

 

感想 ※ネタバレ超注意

映画のハリー・ポッターは公開当時4作目まで観ていて、1作目の『賢者の石』は大好きな作品。しかし、話が進むたびに複雑かつ重苦しくなる展開に挫折してしまっていた。

その後、最後まで見ようと思い、Huluの1ヶ月無料体験で一気見したこともあるが、正直最後の方は難しくてよくわからず…ファンタビも1だけ見てよくわからず…

そんなこんなでハリポタ劣等生の気分でいた。

さらに、『呪いの子』の小説は読んでいなかったので事前情報はほぼゼロ。

あまりストーリーへの期待は高くなく、「メリーポピンズみたいな面白い舞台装置がたくさん出てくるといいな!」、「生で藤原竜也の舞台を観てみたい」くらいの気持ちで行ってきた。

 

結果は、「ストーリーも含めてかなりおもろい大作やないの!」

開演前、1幕100分、2幕100分という文字に度肝を抜かれたものの、飽きることなく集中してみることができた。過去に戻って未来が変わるというのは良くある設定だけど、どきどきハラハラしながら見た。

装置はもちろん言うまでもなく良くできていて感動したし、俳優のキャラクター作りもとても良かったと思う。吹き替えの映画を観ているような感覚で、違和感はほぼなかった!

 

1幕

序盤、客席も舞台上もエンジンがかかるまではちょっと退屈な感じがして心配だったけど、あるシーンからグッと引き込まれた。

それは、ハリーと息子のアルバスが言い争いになり、ついにハリーが「お前が息子でなければよかったと思うこともある」と言ってしまうシーン。

この舞台を大きく動かすシーンだが、さすがの藤原竜也というべきか。感情を抑え込んで抑え込んで一気に出す、というのがすごく上手いなと思った。

相対していたアルバス(福山 康平)もうまかった!大きな瞳が印象的。

このシーンをしっかり見せてくれたので、一気に舞台の世界に集中することができたように思う。

(※以前『呪いの子』の小説を解説する動画を見て、ハリーは「モンぺ・ポッター」と紹介されていてウケたのだが、途中、父親として迷走しすぎてアルバスの交友関係や行動範囲に口を出す姿はまさにモンぺ・ポッター。藤原竜也の演技が光っていた!)

 

それから、ドラコの息子・スコーピウス(斉藤 莉生)がいいキャラで可愛かった!出てきた瞬間から気になる存在に。立ち居振る舞いといい、成長する姿といい、笑わせどころといい、見せ方がとっても上手だと思った。1幕の後半には主役級の活躍を見せるスコーピウスは、中々大変な役なんじゃないだろうか。斉藤莉生さんはこの作品でデビューだそうで、これからが楽しみ!

アルバスとスコーピウスは、ともにスリザリンの劣等生。思春期ならではの卑屈さや無謀さを抱えつつも、一緒に未来を切り開こうとした2人の友情が眩しかった。

 

そして、1幕が終わった時の、客席の興奮した感じにすっごくわくわくしたな〜!

呆気に取られていたら1幕が終わって、とりあえず拍手をして、一気に話し出すみたいな(今の時期だから本当はダメなのはわかりつつ…)

全体を通して、客席の反応がとても良かったと思う。かなり笑いも起きていたので、客席の大半が満足しているんたなと思った。

 

2幕

1幕と同じ100分をもう一度見ることに対して「眠気がやってこないか」「2幕への期待値を上げすぎていないか」などと不安もよぎったが杞憂だった。2幕はもっと短く感じた。

 

ヴォルデモートの娘・デルフィーとの最後の戦いはかなりはらはら。ハリーの変身魔法がいつ切れるか、というおなじみのハラハラポイントだったが、やはり作者の思い通りにハラハラしてしまうのが悔しい。

しかしデルフィー。過去に戻ってまで父親にひと目会いたかったというのに会えなかったのは可哀想だったな。しかし未来が大きく変わってしまうから、会わせることはできないのよね…

最後の戦いは結構あっけなく、ハリー側が数で制圧した感じ。デルフィーがアズカバン送りになったのには「情状酌量の余地はないんか」と思った。せめて、これからも孤児として生きていく彼女が、生きやすくなると良いのに。

 

ハリーは、ヴォルデモートに襲われる前の生きているお母さんを見ることができた。しかしその後、自分を守って死んでしまう姿も見た。辛い。

(しかし、本当に良いシーンなのに、膝から崩れ落ちて泣く藤原竜也を観てガリレコを思い出し笑ってしまうという大罪を犯す…)

 

最後は、ハリーとアルバスの愛がお互いに伝わってよかった。

 

 

 

書ききれなかった…

感動ポイント

ダンブルドアの言葉「死でも分つことのできないことがある」→愛。

・ドラコとスコーピウスの力加減ミスりハグ

・過去に戻ってセドリックを助けることはできなかったけど、「父親はあなたをものすごく愛している」ということを、セドリックに伝られたよかった。

 

感想で触れられなかった 印象に残ったキャスト

早霧 せいな(ハーマイオニー:宝塚感が随所に感じられた。強いハーマイオニー。ロンとのやり取りが面白くて好き!

竪山 隼太(ロン):しっかり笑わせてくれるし、雰囲気がとてもロンだった。

宮尾 俊太郎(ドラコ・マルフォイ):良い父親になっていて驚いた。エエ声で、映画のスネイプ先生の声にそっくりだと思った。

美山 加恋(嘆きのマートル):うますぎ。びっくりした。誰なのか気になって、出演シーンはずっとオペラグラスで追ってしまった。

岩田 華怜(デルフィー):ちょっと癖のある良い声!関係ないが、悪者キャラが親を「父上」と呼ぶのはなぜなのだろうか。

 

セット

・文字が客席の壁にきざまれる

・タイムターナーを使った時に揺れる空間

・セットを舞台上に置く時、セットに照明が当たる時など、マントを翻してまるで魔法のように見せる

・動く階段

・エラコンブを食べて潜った水中

・ディメンターがめっちゃ怖い

 

 

【15本目】宝塚歌劇『めぐり会いは再び next generation-真夜中の依頼人(ミッドナイト・ガールフレンド)-』

2週間前に、星組を観劇してきた!

せっかく観ることができたのに感想をまとめられておらず…

このまま放置しているのも良くないと思ったので、とりあえず今の状態でアップしておく。

 

 

公演概要

お芝居

作・演出/小柳 奈穂子


2011年に柚希礼音を中心とした星組で上演された『めぐり会いは再び』は、恋する男女が織りなす騒動を華やかにコミカルに描きあげたミュージカルとして大好評を博し、翌年には『めぐり会いは再び 2nd ~Star Bride~』を続演。

この度は第3弾として、前作で礼真琴が演じたルーチェと、ガールフレンドのアンジェリークを中心としたオリジナル新作ミュージカルをお届け致します。架空の王国を舞台に、個性豊かなキャラクター達が繰り広げる、ミステリー仕立てのラブコメディをお楽しみください。
王都マルクト。オルゴン伯爵の次男ルーチェ・ド・オルゴンは、大学卒業後も定職に就かず、友人レグルスが立ち上げた弱小探偵事務所の手伝いをして暮らしていた。ガールフレンドのアンジェリークとの関係も順調とは言えず、アンジェリークには実家から縁談の話も舞い込む始末。そんなある日、事務所に奇妙な依頼人が現れ、王家に代々伝わる秘宝“一角獣の聖杯”を守って欲しいと頼まれる。捜査に乗り出したルーチェは、いつしか王都を揺るがす争いに巻き込まれて行くこととなる。果たしてルーチェは“一角獣の聖杯”とアンジェリークの愛を手に入れ、さらには王都に平和を取り戻すことが出来るのか!?

 

ショー

作・演出/藤井 大介
スペイン語で「素晴らしい歌い手」を意味する『Gran Cantante!!』。スペインの伝統的な祭りをテーマに、スペインにまつわる名曲の数々と魅惑的なスパニッシュダンスで綴るレビュー作品。確かな実力を持つトップスター・礼真琴の魅力を詰め込んだ、今の星組ならではの華やかでパッショネイトな世界を描き出します。
なお、宝塚大劇場公演は、第108期初舞台生のお披露目公演となります。

 

感想 ※ネタバレ注意

柚希礼音さんの時代に1作目、2作目を上演し、今回がシリーズ3作目。

1も2も観たことはなかったけれど、けっこう楽しめた!(シリーズを観てきた方はもっと楽しめたんだろうと思う)

結論から言うと、ハッピーエンドが約束されている作品なので、安心して観ていられて、幸せな気持ちになれた。

そしてとにかく、トップの礼真琴さんの歌が上手くて本当にストレスなく気持ちよく観劇できるのが最高!素晴らしかった。ストレスなく歌を楽しめる機会は案外少ないと感じるので本当にありがたい。

礼さんだけでなく、脇を固めるメンバーたちも安定していて良い!

筋トレのシーンがけっこうお気に入り。

 

 

ショーは頭から離れない主題歌が良い!

沸き上がるエネルギーが感じられて感動したし、元気をもらった。

個人的に宝塚の好きなところの一つに、「出演者に対して”元気に頑張って輝いてくれてありがとう”という気持ちになれる」がある。今回はそれを存分に感じることができた。

にんじんのシーンはなぞだけど衣装も振付も結構好き(笑)

天寿光希さんは、自分が宝塚を知った時からずっと美しく、芯がぶれないまま宝塚にいてくれていたように思う。お別れを思わせるシーンは思わずぐっと来た(これはお芝居でもそうだったな)。

極めつけはエトワールで、観客からの拍手が力強くて鳥肌が立った。

【14本目】JACROW「鶏口牛後」@座・高円寺

黒い背景に浮かぶ鶏が印象的なチラシと、聞き覚えのある故事成語に魅かれて観劇を決めた。

これは座・高円寺の「日本劇作家協会プログラム」の公演だそう。

そもそもこのプログラムは・・・

日本劇作家協会プログラム」とは杉並区とパートナーシップ協定を結ぶ日本劇作家協会が、会員の応募作の中から推薦し、座・高円寺の年間ラインアップとして上演される作品です。

ということなので、期待が高まった。

 

 

公演概要

あるとき鶏がささやいた。
そのままでいいのか。
お前はコントロールする側じゃないか。
支配する喜びを知れ。
だがなにも実現できなかった。

またあるとき牛がいなないた。
そのままでいいじゃないか。
大きいからこそできることがある。
実現できる喜びを知れ。
だがコントロール不能だった。

中国は言う。
鶏口(けいこう)なるも牛後(ぎゅうご)となるなかれ。
日本はどうだ?
“起業”をテーマにパラレルワールドに描く2つの物語。
2020年5月公演予定だった作品を2年越しに。
はたらくすべてのひとたちへ。

 

演出・キャスト

脚本・演出:中村ノブアキ

 

キャスト:

川田希

芦原健介
狩野和馬
小平伸一郎
佐藤貴也
福田真夕
宮越麻里杏
谷仲恵輔
(以上JACROW)

菅野貴夫
日下部そう
當銀祥恵(青年座
松本寛子

 

感想 ※ネタバレ注意

客席に入ると、アンケ―トや公演概要と一緒に気になる冊子が。

舞台に出てくる架空のアパレル会社の、架空の企画書だった。こういうものがあるとちょっとテンションがあがる。

 

さらに、脚本・演出の中村さんから今作の脚本の構造についての説明もあって、これにはびっくり!ネタバレじゃん!と思いながらありがたく熟読。

何が書いてあったかというと、今回の舞台はある時点まで行ったら分岐する。パラレルワールドが描かれるよ。ということ。

 

観てみたら、主人公が伯母さんにタロット占いをしてもらい、その結果によって分岐していた。

務めている大企業のアパレル会社を辞めて独立するか、それとも大企業に残り続けるか。つまり「鶏口」となるか、「牛後」となるかを占ってもらったのだ。

 

先に描かれたのは「牛後」となった世界線、後半は「鶏口」となった世界線で物語が進む。

大企業に残り続けた方(牛後)が不幸になるんだろうな、と勝手に思っていたが、そんなことはなく。

どちらも途中で不穏な空気が漂いつつも、最終的には希望の光が見えて終わるというのが良かった。自分で未来を切り開いていっている感じがした。

 

「会社に勤めるというのは夫婦みたいなもの。わずらわしいこともあるけど、一人ではできないことができる」

というようなセリフが数回出てくるのだが、「その通りだよな」と思いながら観た。

 

会社に勤めている人間として、自分にどんな道があるのかを考えずにはいられない内容だった。

(ただ、独立する勇気はまったくないので、どこかしらの組織には属して生きるんだろうな~と思う)

 

【13本目】「てなもんや三文オペラ」@PARCO劇場

「seacret war ひみつせん」に続き、これもまた「戦争」の傷を表現している舞台だった。

コロナによって数日分が公演中止となってしまった今作。観客が流れたのか土日の公演がどんどん埋まっていたのだが、ありがたいことになんとかチケットを取ることができた。

 

 

作品概要

作・演出
鄭義信

原作
ベルトルト・ブレヒト

音楽
クルト・ヴァイル

音楽監督
久米大作


出演
生田斗真 ウエンツ瑛士 福田転球 福井晶一 平田敦子
荒谷清水 上瀧昇一郎 駒木根隆介
妹尾正文 五味良介 岸本啓孝 羽鳥翔太 大澤信児 中西良介 近藤貴郁 神野幹暁
根岸季衣 渡辺いっけい

演奏=朴勝哲

 

ストーリー

1956年(昭和31年)、秋、早朝。猫間川沿いの川岸には、トタン屋根のバラックが肩寄せあっている。
その目と鼻の先、川向うに、「大阪砲兵工廠」跡地が見える。かつて、そこはアジア最大の軍事工場だったが、アメリカ軍の空爆で、廃墟と化した。数年前に勃発した朝鮮戦争の「朝鮮特需」で、鉄の値段がはねあがると、「大阪砲兵工廠」跡地に眠る莫大な屑鉄をねらって、有象無象の人々がつぎつぎと集まってきた。彼らは、いくら危険だろうが、いくら立ち入り禁止の国家財産だろうが、おかまいなし。目の前のお宝を、指をくわえて見ている阿呆はいない。夜な夜な、猫間川を越え、環状線の鉄橋を越え、時に、弁天橋の警備員詰所を正面突破して、屑鉄を掘り起こした。そんな彼らを、世間の人たちは「アパッチ族」と呼び、彼らの住む場所を「アパッチ部落」と呼んだ―――
アパッチ族」の親分・マック(生田斗真)は、屑鉄のみならず、さまざまなものを盗んで盗賊団を組織していた。恋人のポール(ウエンツ瑛士)との結婚式を挙げるマックのことを、うとましく思う「乞食の友商事」の社長ピーチャム(渡辺いっけい)と妻のシーリア(根岸季衣)は、警察署長タイガー・ブラウン(福田転球)を脅し、なんとかマックを逮捕させようとするが・・・・・・。マックの昔なじみの娼婦ジェニー(福井晶一)と、ブラウンの娘ルーシー(平田敦子)をも巻き込み、事態は思わぬ方向へとすすむ・・・・・・。

 

感想 ※ネタバレあり

例によって、開演前の15分であわてて予習。元となった「三文オペラ」のあらすじをwikiでざっと読み、「てなもんや~」のHPで演出家、出演者のコメントを読み臨む!

鄭義信さんの、「僕は歌う~」に大感動したのでけっこう期待値は高めだった。(【1本目】参照⇩⇩)

momo365omom.hateblo.jp

結論から言うと、今回はあまり好みではなかったかな…!

笑えて泣けて、セットも良くて楽しかったのだが、「ここを一番伝えたいのだろう」という場面にたどり着くまでが長いと感じてしまった。

 

最後の30分のためのお芝居なのかなと思った。

主人公のマックが、過去の罪と頬の傷の意味を告白したところあたりから。

 

マックは戦場で、現在の警察署長であるブラウンをかばうため、敵兵を殺したことがあった。その時に、殺してしまった兵士にも家族がいることを想い、「一人の兵士の“ただいま”を奪ってしまった」と深く後悔していたのだ。

数々の罪状で逮捕され処刑が決まっていたマックは、ぎりぎりまでなんとか釈放してももらおうとするが、ついに逃げ場がなくなる。

そして最後に言い残した言葉が・・・

「その兵士を殺した罪のために死刑になるつもりだ」

「でも国は、14万人を島に置き去りにして11万人が死んだ。その罪は誰が償うのか?」

本当にそうだ。。。

 

マックが処刑されたあと、残されたマックの妻(?)二人は、夕日を眺めながら灯篭を流す。「平和やねぇ」と微笑み合う、美しくて穏やかな光景。

 

しかし、二人の立つ舞台が割れてその下から現れたのは、苦しみもだえる兵士たち…

 

ここが一番印象的だったな。急に現実に引き戻された気分になった。

兵士たちは、どんなに家族のもとへ帰りたかっただろう。

 

爆撃を受けて静かになった兵士たちの間から、マックが現れる。

灯篭を抱えて、「ただいま」と言った姿と、後ろに浮かんだ数々の灯篭の光に心打たれた。灯籠の一つ一つに命があったんだな、と。

最後はマックの笑顔が見えて暗転。。

ここを見せてくれてありがとうという気持ち。

 

戦争による夥しい数の犠牲者の上に今の平和があるんだよな…。終演後エスカレーターを降りているとき、若者の姿を見て改めてそう思った。

昨日の「ひみつせん」といい、戦争について、舞台だからこそ伝えられることは絶対にあると思う。ドキュメンタリー映像を観ることもできるし大切だけど、舞台でもそれを伝え続けてほしい。

 

音楽について少しだけ

感想が完全に後半に偏ってしまった。

前半はなんだか集中できず…でも隣のお客さんはよく笑っていてほっとした。

そもそも「音楽劇」という認識が甘かったため、予想以上の曲数に驚いた。「また歌うの??」という感じ。でも元がオペラなんだから当たり前だよね。

しかも、「三文オペラ」の原曲をアレンジしていたのだそう!歌詞が関西弁だしオリジナルソングだと思い込んでいた。ここの知識があれば、アレンジを楽しんだりと、もっと深い楽しみ方ができたんだろうな~

 

Youtubeで探して聴いてみたら、確かにこの曲を使っていた!

ワイル《三文オペラ》全曲 ロッテ・レーニャ - YouTube

 

気になったキャスト

福井晶一:やはり歌の安定感がけた違い。切なさも伝わってきた。

平田敦子:可愛い!こんなに出てくる役だと思わなかったが、出てくると見入ってしまう。魅力的でした。

渡辺いっけい:お芝居の安心感がすごい。声も良くて歌が上手だった。舞台で歌うのは初めてだそうで驚き!

【12本目】serial number07「Secret War~ひみつせん~」@東京芸術劇場シアターウエスト

チラシを見て面白そうだったのでチケットを取った。池袋に用があったのでちょうどよかった!今回は友人と一緒に観劇。

 

 

物語

村田琴江(三浦透子)はタイピストとして登沢研究所で働き始めた。そこは、戦争のための研究をする日本軍の施設であった。偽札作り、風船爆弾、一見荒唐無稽な研究者たちの研究は、人体実験を含む細菌兵器にまで及ぶ、それを人は秘密戦と呼んだ。そこで琴江は、細菌や病毒を研究する研究者、市原(坂本慶介)や桑沢(宮崎秋人)たちと儚い関わりを持つ。
46年後、中国北京に暮らす王浩燃(大谷亮介)のところに、科学ライターを名乗る津島遥子(三浦2役)が訪ねてくる。遥子は、登沢研究所について調べていると名乗り、男が第二次世界大戦当時、登沢に勤めていたのではないか、と切り出す。
ふたつの時間軸は交錯しあいながら、登沢研究所でいったい何が行われていたのか、そして、その後、そこに関わっていた人たちはどうやって暮らしていったのか、そして科学と人間の相克を炙りだす。

 

作演出・出演者

作・演出:詩森ろば
 
出演:
三浦透子
 
坂本慶介
宮崎秋人
松村武(カムカムミニキーナ
北浦愛
森下亮(クロムモリブデン
佐野功
ししどともこ(カムヰヤッセン)
 
大谷亮介

詩森さんの作品は、「機会と音楽」を観たことがある。斬新なセットと、ソ連の建築家という馴染みのないテーマが面白かった。あとは映画の「新聞記者」も良かった。

主演の三浦さんは「機会と音楽」に出演されていたのと、最近では大河ドラマ義経の正妻を演じていたのが記憶に残っている。

 

感想 ※ネタバレ注意

舞台は登戸研究所(第九陸軍技術研究所)」。そこは「秘密戦」と呼ばれる、諜報や謀略、宣伝といった側面を担っていたのだそう。生物兵器や暗殺用毒物、偽札などの開発が行われた。

登戸は家から割と近いのだが、戦時中、そこに研究所があったとは知らなかった。「ひみつせん=秘密戦」という言葉も初めて聞いた。今はその研究施設を活用して、明治大学の資料館となっている。機会があれば行ってみたいな。

劇場では資料館のパンフレットも置いてあってありがたかった。

 

 

舞台の印象は、「とても静か」。

音楽が使われることもほとんどなく、台詞も淡々としていて静かに進んでいく感じだった。そんな中で、主人公の打ち込むタイピングの音がよく耳に残った。

 

人体実験や動物実験を行っていた研究者たち。

死刑囚に行う人体実験はさぞつらかったろう…。

死刑囚の最後の言葉が、自分を殺す毒薬の味なんて。それを聞く方の気持ちよ…

そして、頭が良かったために戦場に行かずに研究所で戦った人たちがいたことはあまり考えたことがなかった。

人道的にも、国際法規上も問題があることをわかっていながら、陸軍の偉い人から戦場の兵士を引き合いに出されたら何も言えなくなってしまう。

 

良心の呵責に苛まれて自殺してしまったり、それを目撃してしまったり、戦争の最前線でなくても、本来必要のない苦しみが山ほどあったんだなと思った。

 

一緒に観劇してくれた友人は、大学で理系に進んで、研究のために動物を解剖したりしていた。

「初めは嫌だったけど段々慣れて作業になる。この先にもっと大きな動物や人間がいると思うと怖くなった」

と言っていた。

ド文系の自分にはない視点で興味深かった。

【11本目】「恭しき娼婦」@紀伊國屋ホール

チラシを見て、面白そうだったので行ってみることに。1時間半という短い舞台に、どうしようもできない感情が詰まっていて苦しくなった。

 

 

公演概要

実存主義」を牽引し、世界に大きな影響を与えた20世紀最大の哲学者、ジャン=ポール・サルトル。哲学者である一方、彼は劇作家として1946年に本作『恭しき娼婦』を発表。
非情な世界における人間の権利、尊厳、そして、自由 とはー

舞台はアメリカ南部。冤罪を被せられて逃走する黒人青年をかくまう娼婦リズィー。だが、その街の権力者の息子であるフレッドはリズィーに虚偽の証言をさせようと、その黒人青年と由緒ある家系の白人の男どちらを救うか選べと迫る。街全体で黒人が犯人と決めつける状況の中で、リズィーが下した決断は…。

開演前の15分ほどで、サルトル実存主義について超付け焼き刃でリサーチして臨む(無理)。

 

実存主義とは?

「進研ゼミ高校講座」のHPがわかりやすかったので引用⇩⇩

実存主義について|地歴公民|苦手解決Q&A|進研ゼミ高校講座

実存主義とは、19世紀のヨーロッパにおいて誕生した、「生きる道を自分で切り開く、今ここにあるひとりの人間の現実存在(=実存)としての自分のあり方」を求める思想です。


当時のヨーロッパでは、科学技術の進歩と資本主義の発展に伴い、社会が巨大化・組織化されていきました。そのなかで、人々が画一化・平均化していき、管理社会のもとで主体性を失っていると考えたのが、実存主義の哲学者たちでした。
彼らは、「すべての存在・事象は客観的な真理によって説明できる」とするそれまでの合理主義思想を批判して、すべての人間に普遍的にあてはまる本質を追究するのではなく、具体的で現実的な個々の人間のあり方を見つめるべきだとしました。そして、人々が自らの主体性を回復し、真実の自己を見いだすためにはどうすればいいかを考えたのです。


その先駆者とされるのはキルケゴールニーチェです。20世紀には、ヤスパースハイデガーサルトルらが実存主義の思想家としてあらわれました。
実存主義の思想家たちはそれぞれに考え方は違いますが、真実の自己のあり方・生き方を探究した点が共通しています。

なかでもサルトルの主張についてはこう書いてある。

人間は自由に自己を作り上げていける自由な存在だが、その決断は社会全体に責任を負う。自由に伴う責任を自覚して行動するところに真の実存が確立される。

人間が自由であるからこそ持つべき責任があると。

生きる意味などなくて、まず存在がある。そこにどう意味づけをするかは自由。人は自由の刑に処されている。

 

演出・出演者

【作】ジャン=ポール・サルトル
【翻訳】岩切正一郎
【演出】栗山民也

 

– CAST –
奈緒 風間俊介
野坂弘 椎名一浩 小谷俊輔 金子由之

 

感想 ※ネタバレ注意

色々吹っ飛ばして、奈緒さんがめちゃくちゃ上手かった!!!

非の打ち所がないくらい素晴らしい。奈緒さんのおかげで入り込めた作品かも。もっと奈緒さんのお芝居を観てみたくなった。

 

持ち続けたいと強く思っていたはずの「正義」が、人から必要とされたいという欲望に負けてしまう、でもさらにその欲望に抗おうとする。

「自由」の恐ろしさ、「人間の尊厳」について、これだけ短い間に凝縮して描き出せる技量がすごいなと思った。

 

もっと希望のある終わり方を期待していたけど、そうはいかず

 

音楽は、お洒落なジャズがかかっているなと思ったら、実はそれは人の叫び声を表していることが途中でわかった。なにそれ怖い…